脳内に「夢」があるとき
なぜこの字を入れたか
意味が二つある字は、一字だけをマスに並べる設計では不利になります。読み手がどちらの意味か迷うからです。それでも「夢」を入れたのは、迷うこと自体が面白いと考えたためです。同じ絵を見て、昨夜の夢を思い出す人と、将来の話だと受け取る人がいます。候補には「志」「望」もありましたが、どちらも起きている側に寄りすぎていて、この二面性がありません。13画とやや多めですが、字形が上下に分かれているので潰れにくい部類です。
「夢」が多い脳内
占有率が高いほど、いまここではない何かが頭の中で場所を取っている状態です。それが睡眠中の話なのか、将来の話なのかは、絵からは分かりません。診断の側でも区別していません。並んだ他の字から推測することはできますが、それは読む人の解釈であって、診断が判定したわけではありません。この字が多く出ても、夢が叶いやすいという意味には一切なりません。
この字を使う言葉
夢想・正夢・悪夢のように眠っている側の語と、夢中・夢物語のように比喩の語があります。「夢中」は本来「夢の中」で、そこから我を忘れる意味になりました。「夢にも思わない」は強い否定で、まったく考えもしないという意味です。四字熟語では「同床異夢」があり、同じ場にいながら考えていることが違う、という意味で使われます。「夢見心地」は現実感の無い状態を指し、良い意味で使うのが普通です。「白昼夢」は起きているあいだに見る幻で、こちらは二つの意味のちょうど中間にあります。「夢のまた夢」は実現の見込みがまったくないことのたとえで、同じ字を重ねて強めた表現です。
よく一緒に出る字
「眠」と並べば字面は穏やかですが、眠れていない人ほどこの組み合わせを好みません。「推」「愛」と並ぶと、対象のある夢に見えます。「金」と並ぶ場合は、現実的な話が混ざっている頃かもしれません。「無」と並ぶときは、そのまま読むと身も蓋もない組み合わせになります。「走」「遊」と並ぶと、動いている側の夢に見えます。字の並びから物語を作るのは、読む人の自由です。並びに意味があるように見えるのは、人がそう読むからです。
字としての「夢」
「夕」を含む字で、暗い中ではっきりしないものを見る、という意味がもとにあるとされます。成り立ちの細部には複数の説があり、定まってはいません。
古い用法では、眠っているあいだに見るもののほうが中心でした。将来の希望を指す使い方は、あとから広がったものです。
日本語では両方の意味が同じ強さで残っており、文脈がないとどちらか分かりません。英語の dream も同じ二面性を持っています。
「夢」が支配したときのひとこと
「夢の話をしている。寝ているほうか、起きているほうか。」
自分の脳内の「夢」を数える36字の解説
この診断はすべてジョークで、実在の人物とは関係ありません。